Home > 書評/Review/学習記録/Study > 【書評】野球を学問する/著 桑田真澄・平田竹男

【書評】野球を学問する/著 桑田真澄・平田竹男

この記事では野球を学問する/著 桑田真澄・平田竹男のReviewを紹介します。本書で桑田真澄さんが指摘する野球界の改めるべき問題は、野球だけでなく他の多くの分野でも共通するものだと思い、この本は紹介せねばならないと強く思いました。

小学・中学・高校野球の問題の一つは、非効率的かつ非合理的な練習や体罰の多さなど。休日に1日9時間以上の練習を行う事や練習に行くたびに殴られる環境。また、故障防止への意識の低さと故障選手に対するプレーの強要など。これらがいまだに残っているのが日本の野球界です。

桑田真澄「小学生のときから、グラウンドに行って殴られない日はありませんでした。つねに監督やコーチ、先輩に殴られていた」
「でも、高校生の頃から『この野球界を変えたい。なんとかしたい』とずっと考えていました。」
桑田さんが小学生の頃というのは70年代後半です。今から30年の話ですが、この体罰についてはまだ無くなっていないようです。

桑田「高校生の時にトイレで便器の水を飲んだというのは本当です。当時は『水を飲んだらバテる』『根性がつかない』と言われていた時代ですから『トイレに行ってきます』と行って、水を飲んでいました。でも、蛇口は針金で縛られていて水が出ないので、便器の水を飲んでいました。」
具体的な成果や目標を示さずに、根性を強調する人間は信用ならないと私は常々思っています。野球界でも『水を飲んだらバテる』とか誰がこんなアホな事を言い出したのでしょうか。

これら野球界の根性論、精神主義はもともとは戦争中に敵性スポーツである野球を守るために使われた価値観です。この精神主義、「野球道」の3本柱は以下の3つです。この野球道は日本の多くの職場でもしっかりと生きているのでそれらも合わせて紹介します。

  1. 精神の鍛錬(武道や武士道と同じ精神主義) → 職場に生きる野球道:「仕事で人格は磨かれる。家庭や趣味など全く大切ではない。仕事に人生を全て賭けろ。」
  2. 『練習量』の重視 → 職場に生きる野球道:「労働時間は長ければ長いほどエライ」
  3. 指導者への絶対服従(体罰の容認) → 職場に生きる野球道:「叱られているうちが華」「上司への反論禁止」

これら野球道の3つの考え方は人格形成に役立ち、教育効果があるという良い面もあります。一方で、非効率的・非合理的練習が蔓延してしまうことがあげられます。そしてこれはスポーツ医学が未発達な時代に生まれた価値観です。

「『練習量』の重視」について詳細に紹介します。桑田さんがPL学園に入学した当時も当然この価値観はありました。しかし、桑田さんは「1日9時間も集中して練習は出来ないから、全体練習は3時間にしてほしい。その後は個別練習にしたい」と交渉して実現しました。そして面白いことに「3時間の全体練習+後は各自で自分が必要だと思う練習をする」というように切り替えてから、ダラダラと全体練習をするのではなく、各自が頭を使うようになりました。そして、PL学園の常勝時代は始まりました。

そしてまた桑田さんはジャイアンツでもこの「全体練習は3時間だけ」という方針を続けました。それまでは付き合い残業ならぬ、野手が練習しているんだから投手陣も付き合いで練習しろという悪習がありました。しかし、この悪習も何年かかけて無くしていきました。

また、桑田さんは甲子園から帰ってきて1ヶ月はボールを握りませんでした。日本でノースローデー(球を一球も投げない日)を作ったのも桑田さんです。「球数制限」を行う事で自分の身体を守ろうとしたのです。「甲子園の優勝投手は、プロでは通用しない」というジンクスは、要は「高校生の内に投げすぎで身体を壊してしまう」からです。

残念なことに、野球道が生まれて100年以上が立ちましたが、未だに「精神の鍛錬」「『練習量』の重視」「指導者への絶対服従(体罰の容認)」の価値観は現場で生きていることを桑田さんはアンケート調査で明らかにしました。そして桑田さんはこの「野球道」を現在に相応しい価値観、「スポーツマンシップ」として再定義をすることにしました。以下、「スポーツマンシップ」の考え方を個別に紹介していきます。

  • 野球道の再定義:「精神の鍛錬」→「心の調和(balance)」野球・勉強・遊びでの精神鍛錬。自律精神の修養。バランスの取れた人間へ。
  • 野球道の再定義:「指導者への絶対服従(体罰の容認)」→「尊重(Respect)」。指導者⇔選手の相互尊重。審判や対戦相手を尊重。自分を尊重すること。
  • 野球道の再定義:「『練習量』の重視」→「練習の質の重視(Science)」効率的・合理的な練習。最新のスポーツ医学の活用。失敗の奨励(失敗しても切腹しますと言わなくても良い)。

桑田さんが提唱したこの新しい野球道はもはや「~道」ではありません。私はこれらの新しく提唱された価値観を知ったときには本当に感動しました。まさに日本人にいま必要な価値観だとそう思いました。

「練習の質の重視(Science)」について補足説明します。桑田さんは本当だったらプロになれたはずの球児達が肩を壊してしまう事例に心を痛めていました。そして子供たちを守るためには「球数制限しかない。小学校低学年は50球、5~6年は70球まで。連投は禁止。中学生は80球まで。軟式も硬式も同じ」と言いました。
「いまのところは球数で守ることしか、僕には対策が思いつかないです。アメリカはやっぱり球数で守っているんです。練習時間と球数で守っています。」
「米国の大学では1日4時間以内。週に20時間。週に2日休みがある」

トリンプの吉越社長(デッドライン仕事術。フローレンスの駒崎代表(働き方革命―あなたが今日から日本を変える方法もまずは労働時間を制限して仕事の質を高めるようにしました。野球の練習時間制限もこれらの事例ととても似ているなと感じました。例えば、社員の過労死を無くす方法は簡単です。労働時間をきっちり1日8時間以内にすれば良いのです。でも、それをせずに長時間労働を社員に強要している管理者達は、時代遅れの「野球道」を実践して社員の命や人生を奪っているのです。

桑田さんが掲げた野球道に変わる「スポーツマンシップ」という価値観、「心の調和(balance)」「尊重(Respect)」「練習の質の重視(Science)」は今もなお戦時中と変わらない価値観を掲げている多くの日本人が知っておくべき価値観だと強く思いました。

以上で「野球を学問する/著 桑田真澄・平田竹男」の紹介を終わります。対談形式でとても読みやすい本なのでお勧めです。

参考
桑田さんの論文の要旨が下記で公開されています。

【pdf】 「野球道」の再定義による日本野球界のさらなる発展策に関する研究

 

以下、この記事の下書きをしている際にTwitter上でもらったReplyで印象的なものを紹介します。

  • 水泳部に入っていたときも水を飲んだら10周走るとかありましたわ。ばかばかしい。
  • 日本の長時間労働や受験勉強にも同様に根性主義が見て取れると思います。その結果、バーンアウトしてしまう将来ある人達の存在がある。鬱大国の裏には根深い無意味な価値観がありますね。大罪です。間違った方向向いた我慢とか根性って暴力と同じだと思う。
  • 私も中学時代に野球部にいましたが、教師のビンタやケツバットは当たり前でしたね。その教師が数年後に訴えられたと聞いて、時代が変わったと思いました。
  • 高校の部活(軟式テニス)ですが殴ったり暴言言う先生はいました。こけて膝痛めて立てなくなった子にすぐ練習戻させたりして、後日病院行ったら診察で膝の靭帯痛めてることがわかりました。僕は今大学4年なんで4、5年前の話です。
  • 「勝つために厳しい練習もする(でも出来るだけ効率的に勝ちたい)」から「厳しければ、つらければそれでよし」に化けてしまっていたわけですな。A⊃Bがいつの間にかA⊂B になってしまい、ついにはBだけになってしまうという
  • 2006年の甲子園決勝。このクソ暑い夏に斎藤は1000球近くボール を投げ、田中はウイルス性の病気が治りきらないまま(メシも喉を通らなかったとか)決勝再試合をした訳ですが、美談で終わってしまい異常性は無視される雰囲気が僕には信じられなかった。
  • 私も中学時代の部活では時間制限を設けて楽しくかつ成果を上げる指導を受けていたので高校でそれを主張したら、「部活なんだから楽しいことばかりじゃない」と否定されたことがあります。(吹奏楽部です。)
このエントリーを含むはてなブックマークはてなブックマーク - 【書評】野球を学問する/著 桑田真澄・平田竹男 Share on Tumblr この記事をクリップ!Livedoorクリップ - 【書評】野球を学問する/著 桑田真澄・平田竹男

Comments

Powered by Facebook Comments

Comments:0

Comment Form
Remember personal info

Trackbacks:1

Trackback URL for this entry
http://thewisdomofcrowds-jp.com/2010/08/22/sr001/trackback/
Listed below are links to weblogs that reference
【書評】野球を学問する/著 桑田真澄・平田竹男 from ハタチエイゴ
trackback from きのこるプログラマ 10-08-23 (月) 23:40

根性論が人生をダメにする

【書評】野球を学問する/著 桑田真澄・平田竹男 http://thewisdomofcrowds-jp.com/2010/08/22/sr001/ 激しく同意なブログ記事。 前にも書いたけど、若い頃日雇いバイトやってたときに、定年退職した…

Home > 書評/Review/学習記録/Study > 【書評】野球を学問する/著 桑田真澄・平田竹男

アーカイブ
カテゴリー
Get Adobe Flash playerPlugin by wpburn.com wordpress themes

Return to page top